こないだの本で 岡潔が言ってたって
情緒は 情の緒(いとぐち)だ って
感情 情緒 情動 ってのは 「古い脳」の営みだ
ヒトがヒトであること ヒトたる所以 ってのは 脳の新皮質 新しい脳の仕業とされる
(^^ゞ
ヒトは 他の動物とは違う 生き物より優れている という思い込み 妄想
その原因を 見えるもの 形の違いに 一番偉い組織に 脳に見つけるとそうなるわけだ
f(^_^;
逆に考えた時
身の回りのことも考えず 支配という名の搾取を続け 生き物を星の上から消し去っても何も感じない・・・・のも この脳のおかげだ
ヽ(´o`;
新皮質は 理屈は 言葉は 生き物として優れている のか???
σ(^◇^;)
話が飛んだ
f(^_^;
感情の話
ここをなんと呼ぶのか? 感情はマイナス面が誇張されるし・・・・・
理屈 理性に対する 古から生き物を生かしてきた大事なその部分を情動っていうことにした ボカァ
しかし 情緒って言葉もなかなかいいもんだ 情が動き出す場所
情も理も どこから始まって どこかで終わるんじゃないけど
情や理が 動き出すタイミングがある
平穏から 急に悲しくなったり 嬉しくなったり おかしくなったり
その発端が情緒だ こう考えると 情緒は引き金だ トリガー
難しいもんだ・・・・そう考えると 多分 岡さんが言った内容とは違ってしまうかも・・・
^^;
ま いっか
こないだラジオで 体操の先生が
「体操は 身体を操ると書きます!」 って
な~~るほど まさにそうだ
操る ってことはどういうことだ?
こないだ テレビで 誰かが 農業は自然を操るんだ なんて言ってたな
(^^ゞ
操るは 支配とは違う
肉体は 精神に支配されるわけじゃない
肉体と精神が共に力を合わせる時 うまく生きられるわけだ
命令を与えれば 自然が言うことを聞くわけじゃない
刺激を与えて 作業をして 自然に影響を与えて その反応をくまなく感じて
関わりの中で 常に作業を続けた時 操る光景が生まれるのか?
(^ニ^)
「身体をうまく使う」 ってことは
意のまま ではなく
意と身体の良い関係 止まらぬ会話に続く動きの中に 隠れてるんだな
良く生きる方法
んなふうに考えると
緒の連なりの中で 姿を変え続ける理と情 意と身体 なんて言えばいいんだろうねぇ それは
なんかこの辺に 個の健康も 群れの平和も 隠れてそうだ