生きている を考えてみる

生き物 その群れ 系 星 道具 機械 などが 「生きている」という時、何が起きているのか?

インターネットコオロギ

 

 

こないだいの「つながりの進化生物学」に面白いコオロギの話が書いてありました

インターネットコオロギ、と言います

長尾隆司さんというヒトが名前をつけたそうですが

なかなか良いネーミングかと

(^^ゞ

内容は、あまり笑ってられないものなんだけど・・・・

 

闘蟋(”とうしつ”と読むそうだ)って、コオロギを闘わせる遊びが、中国にあるそうで

ちょっと前に、博物館のヒトの話で聞いて、実際の映像を見た事があるんですが

細い棒で、触覚を刺激して、興奮させて、闘わせて、勝負するんですが

(動物愛護団体が、何か言いそうだけど・・・・・)

(..;)

でも、コオロギを不自然に成長させて、闘わせると、妙なことが起こるんです・・・・・

 

成長の過程で、他のコオロギと隔離して育てたコオロギを、インターネットコオロギと言います

こうするだけでも、普通に育てたコオロギよりも乱暴になるんだそうですが

さらに

透明な板でコオロギを隔離し

相手が見えるけど接触できないようにすると、もっと乱暴になるんだそうです

「普通」に育てられたコオロギは、相手が逃げ出すと、勝った?方は後を追わず、決着が付くのに

インターネットコオロギは、相手を執拗に追い回し、殺してしまうんだそうで

 

怖いですよね・・・・

 

いやね、実は、他と孤立した生き物は、他に対してきつくなる

という話を書こうと思っていたところで、この話を知って

なんだか、複雑・・・・でね

(~_~;)

 

ヒトの社会でも、孤立したヒト、というか

孤立していると感じてしまったヒトが起こす事件は、なかなか常軌を逸してます・・・・

秋葉原で起きた、いろんな意味で不幸な出来事もそう・・・・

実はイヌやネコでも、同じ事が起こるんです

飼い主に飼われていても、お互いのやりとりがすれ違う関係

飼い主は自分の思い込みにどっぷり浸かり・自己満足し・

その想いを相手、ここでは動物に押し付ける・・・

この関係には「交流」は存在せず、いつも一方通行・・・・

イヌやネコは、しっかりした自己を持ち、意思を表情や行動で示しますが

ヒトはそれを感じない、受け取らない・・・

イヌやネコが、こういう交流できない日々を過ごすと、不思議な事に、ものすごく攻撃的になるんです・・・

暴れ方もでたらめ・・、力の制御もない、その行為は自身を傷つけてしまうことも

こういう動物が、他を攻撃すると、相手にはひどいケガを負わせます

相手が、イヌでも、ネコでも、ヒトでも・・

 

今回ちょっと衝撃を受けたのは、これが昆虫でも起こること!

昆虫には、複雑な脳はありません

学習、というか、成長過程での可塑性があることは、この出来事でも明らかですが

ヒトや、イヌやネコほどはないでしょう

なのに、同じ事が起こる!

イヌネコを見ていて、この孤立からくる攻撃性の激化はどこからくるんだろう・・・

と、昔から考えるんですが

昆虫で同じことが起きるとなると、根は深い、脳の奥深くの古い古い神経システムに根があるのかもしれません

こういうことに、「なぜ」は不毛

そうやって生き物になったから・・・・

理由を求めれば、生きてきた歴史の偶然の中に  ??

 

もう30年も前に一緒に暮らしたシェパードがいます

ある施設にいて、僕もここにいた時に仲良くしていました

(^ニ^)

ここを出た後、この犬は非常に攻撃的になり、人をばくばく噛むようになりました

貰い受けることができ

でも、当日は、僕以外の家族には低い声で唸って、近寄らせませんでした

次の日から、この子は唸るも、吠えるも、噛み付くも、死ぬまで一回もせず

表情は明るく

次の朝には、家族だけと一緒に散歩に出かけました

(^ニ^)

僕の生きている中で、一緒に暮らして、あんなにしなやかな、強い交流が持てたヒト以外の動物は他にいません

でも、そういう交流ができる生き物ほど

それがすれ違う環境においては、他に攻撃的になるんだと思っています

 

多分、人も同じでしょう・・・・

これに、理由を求めても仕方ない・・・

交流は、双方向、お互いが変化し、関係の形が固定されることはない

そこが大事かと

 

インターネットは便利ですが

これまでに無かった関係を構築しますが

根をなす交流を失ってはいけません・・・・・・